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ぽやろぐ

なんとなく考えたことを散文的にごりごりと書きつけているだけのブログです

日記/国際会議を終えて。ひとつひとつ追い詰められていく

国際会議が終わり、わたしの名前がのこった査読付き論文が出ました。小さくもない学会の採択率半分くらいのところをぎりぎり通して、国際会議論文という形になりました。主著1本、共著1本。

ずっと、生きた意味や証を世界に残せれば人生それだけでいい、それで終わりでいいと思っていた。ゆっくりと突然、叶ってしまった。わたしはこれから何を目指して、何を大切にして生きていけばいいのだろうか。本気でここ二週間迷っていた。

「生きる理由が人生から削ぎ落とされたらそれは死ぬ理由になるのだろうか?」

わたしは、なると思っている。生きる意味だった友人も居なくなって。精神疾患は悪化する一途で。研究は向いていないし。借金はあるし。

しかしこの考え方のままだと良くないことが起こってしまうため、なんとか考え方を変えようと頑張っている。いろいろなものを読んでみたりとか。私には友達はいないため、AIに聞いてみたりだとか。制作をしたりだとか。

どうやら生きる理由がなくても生きていていいらしい、と様々な文献は言っている。しかし、私は明確な理由がないと何もやりたくないたちだ。掃除にも他人とのコミュニケーションにも意味がないと思っているからやっていないくらいには。とりあえず漠然と受け入れる、みたいなことが苦手。

誰かに好いてもらっているから生きよう、とか、誰かの生きる意味になっているから生きよう、なんていう言葉も響かなくて。わたしが心の底から納得できる理由とか新しい生きる理由をみつけるまで、考えることができなくなるまでこの問答は続くんだと思う。

これからわたし、どうすればいいんでしょうね。


もう少し幸せな話をしようね。

今回が二回目の海外だった。修学旅行ぶりに飛行機に乗り、海外に飛んで。ヨーロッパに降り立った。異国の地は怖くて怖くて。海外に行ったら考え方変わるよ!と聞いたことがあるが、変わらなかった。守られた環境だったからかもしれないけれど。

考え方が変わるほどの、世界の見方が180度変わるような人生経験ってどうすれば起こせるんだろう。ありえないくらい怖い思いをするとか、自分の手で世界や他人を変える経験をすることかな。もう人生どこかで、というか鬱病と接客業経験で感情が擦り切れちゃったから、ブレイクスルーが起こる気がしない。まずは健全な精神を取り返すところから。治療がんばるぞ。


以下支離滅裂なので隔離。

精神が着実に追い詰められている。私の人生の目標は書籍を出すことだった。今回それが上位互換の形で実現してしまった。雑誌のたった7ページ程度で上位互換か?と思われてしまうかもしれないが、そう。

本になりたかった目的は「世界が私を忘れても私は世界にいたよ」という事実を刻み込むこと。Springer社の管轄だからおそらく絶版もしないし、もしかしたら人類滅亡後も何かしらのデータベースに残るかもしれない。そう考えるとなかなかの上位互換としての夢の形ではないかな、と思う。

昔こういうちょっとした文書を書いた。

広く読まれる形になって人生を遺したい

と本になりたいことについて言及してる。よかったね。オープンアクセスではないから広くは読まれない形かもだけど遺るよ。自分の本が欲しいみたいなことをこの文章では言っているけど、論文が出てみて、これで満足できてしまった。